「警察がISPにTor遮断要請?!」のまとめ

4/23日の私のブログ(警察庁がTorの遮断を要請するという報道について)は多くの方に関心を持って頂いたようで、掲載初日だけで一万件を超えるアクセスがありました。先日報告書も公開されましたので、現状の整理と今後の課題等についてまとめておこうと思います。

  • 4/18掲載記事の対象となった「報告書」は連休明けの5/7に公開されました
  • 「報告書」にはISPに関する記述は特にありませんでした
  • 誤訳された英文記事を参照して書かれた記事及びその翻訳の多くが未修正です

まず、4/18に毎日.jpに掲載された記事の冒頭で:

パソコン(PC)の遠隔操作事件を受け、発信元の特定を困難にする匿名化システム「Tor(トーア)」を悪用した犯罪対策を検討していた警察庁の有識者会議

と記載されている「有識者会議」とは警視庁生活安全局長主催の私的懇談会である「総合セキュリティ会議」を指しています。平成24年度については「官民が連携した違法・有害情報対策の更なる推進について」と「サイバー犯罪捜査の課題と対策について」の2つのテーマで各3回の会議が開催されていまして、各議事録についても都度公開されています。そして5/7にはそれぞれの会議についての最終報告書が公開されました。

このうち Tor 対策についての記述があるのは、「サイバー犯罪捜査の課題と対策について」で、抜粋すると:

Tor を用いて行われる通信を、例えば、下記の手法により技術的に制限することが可能であることから、Tor による通信により被害を受けるおそれのあるサイト等当該サイトの特性に応じ、サイト管理者等の判断によりTor を用いた通信を遮断することとすれば、犯罪抑止の観点から一定の効果があると考えられる。

とあります。効果については別途議論*1があるかとは思いますが、方法だけに注目すれば割と昔から*2いわゆる荒らし抑止に掲示板サイト等で取られてきた処置と変わるところはありません。なので、記事の後段で「業界関係者」が語ったとされる「通信の秘密*3は我々の命綱。要請があっても受け入れられないだろう」という下りとは全く文脈が合わないように感じますし、誤訳の一因はこの「通信事業者が通信の秘密を侵さざるを得ないような要請が警察からある」という前提で質問に答えている部分にあるように思います。

サイト管理者側の判断でアクセスを制限するのと、ISPが通信経路上でこれを遮断するのでは話が全く違います。ただこの違いがなかなか一般の方には説明がむずかしいなあと思っていたところ、はてなブックーマークにある方から「入店拒否と外出禁止くらい違うんだけど」というコメントがありまして、もうこの例えを頂いただけでもブログを書いた甲斐があったというものです。

さて、このへんで解決...であれば良いのですが、残念ながら元々の誤訳記事を元にした海外の記事や論評がいまだに散見されるのは頭の痛いところです。さらには、これら海外の記事の日本語訳*4が数週間たった本日現在も直っていません。

今回のような誤訳や解釈の間違いをゼロにすることは不可能だと思いますが、仮に間違った情報が流れてしまった場合でも、元々の情報が照会可能であればより早い時期(誤報が拡散する前に)に訂正することができます。今回の事例で言えば「報告書」が、報道機関に配布されたのと同じタイミングで一般にも公開されるのが望ましいと考える次第です。

*1:参考文献「多段プロキシによる Tor の Exit ノードの隠蔽について」(NTTコミュニケーションズ

*2:例えば某巨大匿名掲示板の場合2004年頃にはすでにあったようです

*3:日本国憲法第21条 第2項

*4:例えば「日本の警察庁、匿名化ツール「Tor」のブロックをISP各社に要請へ」(産経MSN)